冤罪事件に巻き込まれた横浜市の化学機械メーカー「大川原化工機」が国と東京都を訴えた裁判の控訴審で、5月28日に判決が言い渡される。
違法な捜査を進めた警視庁公安部だけでなく、検察や裁判所の判断も問題視されている重大な事件だが、広く知られているとは言い難い。
なぜなのか。3月に出版された『追跡 公安捜査』の著者で毎日新聞の遠藤浩二記者は「マスメディアと警視庁との歪んだ関係」を指摘する。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●警視庁と記者クラブのいびつな関係
──警視庁が関わった大川原化工機の冤罪事件について、なぜ警視庁の記者クラブに所属したことがない遠藤さんが独自の記事を書いているのでしょうか?
遠藤記者:とても不思議なことなので一般の方にはわかりにくいと思いますが、警視庁と記者クラブの関係は本当にいびつなんです。 私が大阪府警を担当していたとき、ネタ元の警察官が「どうして大阪府警よりも人数が多い警視庁で不祥事が報じられないの?」と言ったことがありました。 東京に転勤してきて、警視庁の不祥事の抜き合い(スクープを競うこと)を見たことがありません。警視庁の記者クラブの中には、「警視庁広報課」と看板を変えたほうがよいと感じるレベルの社もあります。 法廷に出てきた警察官が3人も捜査を批判することなんて、過去にも先にもないと思います。実際に、独自に取材しているのは私とNHKスペシャルぐらいで、NHKも中心的に動いているのは警視庁担当の記者ではありません。
2025年3月に出版された「追跡 公安捜査」
●記者をコントロールする警察の「通報システム」
──本には「社内で取材にストップがかかった」という記載もありました。
遠藤記者:警察には「通報システム」があって、記者が末端の捜査員に直接取材を試みると、上司に報告される仕組みになっています。つまり、建前上は幹部しか取材してはいけないことになっています。 私みたいに警視庁の記者クラブに所属していない人間が公安部の捜査員に取材して回ると、公安部の幹部が記者クラブの担当記者やキャップ(取りまとめ役の記者)に「おたくはそんなことをするんですか?」みたいな嫌味を言ってくるんです。中には「出禁」といって、幹部が取材に応じなくなることもあります。 私は捜査員の捏造発言を受けて取材をスタートしましたが、警視庁の記者クラブに通報が入り、その情報が当時私が所属していた司法記者クラブに伝わってきました。そして、司法クラブ側も「向こうにも立場がある」といって同調し、取材がストップしてしまいました。
警視庁(リュウタ / PIXTA)
●「損をするのは都民であり国民」
──なかなか理解し難い話です。
遠藤記者:驚くことは他にもあって、私が警視庁に質問を送ろうとしたとき、記者クラブの記者を同席させるよう求められました。つまり、記者クラブがオッケーを出さないと、その社は警視庁に質問することすらできない。 警視庁公安部の問題を都議会で取り上げた議員がいたのですが、その方は同僚議員から「選挙違反で今度狙われるかもしれないからやめておいたほうがいい」と言われたそうです。 各都道府県の警察を監督する公安委員会は機能しておらず、議員もダメだとなったら、警視庁を追及できるのはメディアだけです。でも、そのメディアですら警視庁にここまでグリップされているとなると怖い。 これで誰が損をするのかというと、都民であり国民です。大川原化工機の冤罪事件では、捜査段階から「おかしい」と言っていた人はけっこういたわけなので、その声を聞いて捜査を止めていたら誰も被害者が出ずに済んでいました。